2021年4月をもちまして、山糖会担当理事を退任致しました(一般会計担当へ)。小生の山糖会だより巻頭文は94号で終了させていただきます。拝読ありがとうございました。

94号

世界中を覆う新型コロナウイルス感染症は、もはや“災害”といえるのではないでしょうか。その猛威は人々の健康を損なうだけではなく、経済に対しても深刻なダメージを与えています。感染拡大を阻止するための往来制限が、サプライチェーン(流通システム)を破綻させ生産・消費が一気に滞ったことで、様々な分野に影響が波及しました。各国のGDP(国民総生産)は中国を除いて軒並み大きな落ち込みをみせ、回復基調には今なお程遠い実情に庶民はあえいでいます。一方、実体経済に合わない株価上昇などで貧富の格差が鮮明となれば、社会不安の増幅が危惧されます。

アメリカでは、バイデン政権が数百兆円規模の財政出動をもとに社会保証や経済へのテコ入れを図っていますが、世界経済の落ち込みでどこまで実行性があるのか不透明です。なにより前政権による中国との貿易戦争、自国保護主義や政治的な国民の分断などにより、世界の盟主たる輝きを失いつつあるでしょう。

欧州もイギリスのEU離脱をはじめ懸念材料が溢れており、今後も政治経済の混迷を深めるかもしれません。

わが日本では、外出自粛の煽りで痛々しいほどの損失を被った旅行・飲食業をはじめとする経済界は、効果的な対策支援を受ける事なく先の見通しは霧の中にあります。まずはケガ人の出血をとめて救命するように、財政的支援という処置を強化し、衰弱した業界を救わねばならないのですが、その財源は一体どこから調達するのでしょうか。債権の乱発、増税などは現実的ではないし・・・。どこまでも曇り空が続く今日このごろです。大河ドラマの主人公、渋沢栄一なら現況をどう捉えるでしょうか?

さて日本人は、古来より様々な災害に見舞われてきましたが、以前にも記した津波から人々を守った“稲むらの火”の逸話のように、相互に扶助して難局を乗り越え立ち直ってきました。新型コロナ感染症という未曾有の“災害”の中、日本のお家芸である勤勉、忍耐の魂が、コロナ禍で疲弊した世界を勇気づけ調和し、明るい方向へ導く灯台となればと願うところであります。

93号

古今、洋の東西を問わず人々は疫病に苦しめられてきました。

有史以来、最初の大流行は、中世ヨーロッパの人口を3割以上減らした黒死病と呼ばれるペストが有名です。ネズミを媒介した猛烈な感染が、集落ごと飲みこんでいきましたが、当初は原因がわからず、ユダヤ人が毒をまいたとの噂が広まり、虐殺迫害が繰り返されたといいます。以降も数世紀をまたいで天然痘やコレラとともに“伝染病”と称される猛威が世界を覆い、人々を死の恐怖と絶望のどん底に陥れました。不安、疑心暗鬼や狂気が渦巻く社会は、しばしば内紛が生じ、時を待たずに土崩していきました。

近代においては、1918年頃(日本では大正時代)にスペイン風邪と呼ばれたインフルエンザが流行し、世界全体では数千万人が犠牲となりました。古来より日本では衛生観念を重視する文化、風土が浸透していたからでしょうか、当時から手洗いやマスク着用が励行されていたようです。

この様な時代背景の中、感染の大波に立ち向かう研究者が次々と現れました。コッホやパスツールが細菌学の概念を確立し、日本の細菌学の父と言われる北里柴三郎は、ペスト菌を発見し破傷風の治療法の開発をてがけました。黄熱病の研究で有名な野口英世は、若き頃に検疫でペストの上陸を未然に防いだそうです。

そして現代においては、根本的な治療法がないエイズや、血液などを介して感染する肝炎ウイルスは、先進的な医薬品の開発でほとんど克服されています。10年ほど前にアジア地域を震撼させたコロナウイルスによるSARSやMARSをはじめ、アフリカの特定地域で流行した致死率の高いエボラ出血熱も、医療現場の迅速かつ有機的対応で封じ込めに成功しています。

感染症との闘いは未来永劫に尽きることはないでしょう。が、このように先人の偉業や科学の進歩を振り返ってみると、人類は着実に疫病に対する抗力を備えるようになったに相違ありません。

92号

江戸時代、“目病み女に風邪ひき男”という流行り言葉がありました。

色白の肌に赤い眼帯をした眼病の女は色っぽく、江戸紫のちりめん鉢巻の端を長く垂らした細身の風邪ひき男は、いきなものだったらしい。

美的感覚と愛嬌でもって病に親しむとは、なんと大らかで和気ただよう時代だったのでしょう。情報過多で慌ただしい現代に暮らす私どもには羨ましくもあります。

ところで風邪とはなんでしょう。

某診療所での問診で

“今日はどうされましたか?”

“昨日から風邪をひきました”

“どんな症状ですか?”

“風邪なんです!”

“???”

咳、鼻水、喉痛などいわゆる風邪症状は、日常生活に遭遇する不快な感覚程度なのでしょうから、医師に問いただされても戸惑うのかもしれません。風邪は正式には“風邪症候群”といい、人体に感染する様々なウイルスが主体となって引き起こされる急性炎症の総称です。ライノ、アデノウイルスのほか、世界中を不安と混乱に落とし入れている新型コロナウイルスも、“旧型”はもともと風邪を引き起こす身近なウイルスですし、高熱と強い倦怠をもたすインフルエンザウイルスは、もはや風邪の領域を越えた重い症状となりえます。

いずれにしても風邪を治す有効な薬はありません。抗生物質は効かないどころか、時には有害なこともありますし、症状を抑える消炎鎮痛剤を安易に服用すると、かえって治癒が遅れることもあります。言うまでもなく、保温、安静が一番で、今も昔も“風邪をひいたら温かくしてやすみなさい”なのです。とは言え、抵抗力のない高齢者や糖尿病など基礎疾患のある方が、油断すると重症化する危険もあります。ですから、感染予防が何よりも大切で、人混みを避け、帰宅後の手洗いを日頃から心がけましょう。今シーズンは、新型コロナウイルス感染症の予防対策を世間中が厳重に励行しているためか、インフルエンザ感染症が激減しているようです。だから、みなさん、予防はやればできるのですよ、きっと。

91号

令和という元号。気品と清涼感、なんともいえず和やかな響きがあると思いませんか。

奈良時代の万葉歌人、大伴旅人が太宰府の行政長官であったころ、邸宅で“梅花の宴”として詠んだ句が典拠とされ、令と和の組み合わせで“世の中を平和にする”という穏やかなメッセージが込められているそうです。大化よりはじまる日本の元号は、朝廷が分断した南北朝時代を含めると248個を数えてきました。天変地異で揺れる国家の鎮護を願い、時には権力者間の力学作用によって、いくどとなく改元されました。庶民はその度に心を一新し、時代を振り返る機会になったのかもしれません。

俳人 中村草田男が詠んだ一句“降る雪や 明治は遠くなりにけり”。

静寂と淡く澄んだ風景がそこにあります。昭和の初期は、好景気にわいた大正時代から世界恐慌をへて戦争へと突入していく狂騒の時節、人々は過ぎ去りし良き明治の世を懐かしんだといいます。令和の夜明けからはや5か月、祝賀ムードの余韻を残しつつも、うつろう変化を肌で感じることがない日常が続いています。米中の貿易戦争を端に発した景気の減速傾向、多国間を巻き込もうとする紛争など世界では大きな潮流のうねりがあるというのに・・・。何やら昭和初頭に似てなくもないような気がするのですが。

今に生きる私どもは、改元の歴史に多くを学び、先人の知恵を受け継いできました。迎えた令和の時代が、ささやかな豊かさとともに安寧な暮らしが子々孫々に続くよう、この国のかたちを築きあげていかねばなりません。この度の改元を機に、歩んできた平成、昭和がどんな世であったか振り返るべきではないでしょうか。

90号

2018年秋、京都大学、本庶佑先生の輝かしい研究業績に対して、ノーベル医学生理学賞が授与されました。身体の中の免疫は、癌を抑制する働きがあります。それを強化させる仕組みの一旦が解明されたのです。その結果、攻撃力を増した画期的な薬剤の開発につながり、転移などで手術ができない癌に対しても効果が期待できるようになりました。この成果は、癌治療に未来の扉を開け、世界中で癌を患っている方々に勇気と希望を捧げることになるでしょう。そして相次ぐ新薬の誕生で、癌とは不治の病、人生の終焉を宣告されるイメージが払拭されつつあります。血液の癌と言われる白血病や悪性リンパ腫に対する治療も例外ではなく、既に完治する病と言われています。白血病と闘っている競泳の若き日本代表、池江璃花子選手が遠からず復帰、活躍することを願ってやみません。

一方最近では、胃癌や大腸癌は早期に診断された場合、少ない負担で治療できるようになっています。

例えば小さな病巣の場合、機器の高性能化や医療従事者の技術進歩によって、内視鏡を使って切除する手技が広く行われるようになりました。たとえ少々進行した病巣でも、腹腔鏡という装置を用いた手術では、傷が小さく手術後早期の退院が可能になりました。ですから早期診断に有用な“がん検診”の重要性が叫ばれていますが、残念ながら受診率の低迷が続いています。

癌予防に対しての研究も進んでいます。胃の粘膜に住み着くピロリ菌を除去することで、胃癌発生が3分の1に抑制されるという臨床研究をもとに、全国で胃癌撲滅運動として除菌治療が行われています。そして将来は日本も欧米と同等程度に胃癌罹患数が減少すると言われています。また肝炎ウイルスを駆除する治療法が確立し、臨床の現場では肝臓癌の患者さんがめっきり少なくなりました。

生活習慣も癌発生に深く関与しています。喫煙や飲酒が、肺癌や食道癌に深く関わっていることは、皆さんご存知でしょう。驚くことに糖尿病と発癌との関連性が指摘されています。特に大腸癌、膵臓癌や肝炎ウイルスを伴わない肝臓癌が、糖尿病患者さんで多いという研究結果が示されています。

このことからも糖尿病は、従来の三大合併症だけでなく、“癌を予防する”観点からも、克服すべき疾患なのです。

糖尿病の治療薬は日進月歩進んでいますが、治療の基本は食事療法、運動療法ですね。ですから生活習慣を見直すことで、皆さん自身が癌を予防することができるのです。どうでしょう、やる気がでてきましたか?

89号

昭和48年(1973年)。

その年、アイドルの先駆け的存在の山口百恵や桜田淳子が歌手デビュー、1999年に地球が滅亡すると囁いた“ノストラダムスの大予言”が初版発行され、スプーンを捻じ曲げるユリ・ゲラー氏の超能力が、深夜番組“11PM”などで話題をさらいました。 王、長嶋をようする巨人が最終戦で阪神を倒してV9を達成、琴櫻、北の富士の両横綱に続く輪島の活躍に土俵の新時代到来を予感させ、競馬界では名馬ハイセイコーが一世を風靡しました。また江崎玲於奈氏のノーベル物理学賞受賞が、国民を高揚させたことでしょう。このように豊かさが実感されるようになった一方、茶の間のテレビで実況されてきたベトナム戦争の和平協定発効、第四次中東戦争勃発、金大中事件など世界は安寧とした時代ではありませんでした。

さて皆さんの記憶の奥にしまっているセピア色の映像はどうでしょうか。熱血サラリーマン、子育ての真最中、トイレットペーパー確保で奔走、思想の嵐の中で激情する学生、光化学スモッグ注意報を告げる校庭の旗をみつめる児童・・・若かったですね・・・まだ生まれてない?戦後の世を過ごした昭和の人々は、気迫みなぎる忍耐と煮えたぎる情熱でもって、復興を唱え高度経済成長を支えてきました。昭和48年はその余熱を残しながら、転換期を迎えた頃ではなかったでしょうか。

そして山糖会はその年、産声をあげました。故入野純一先生を中心とした高い電圧のエネルギーをもつ有志が、地域に根差した糖尿病対策を浸透させるため、日夜奔走したことでしょう。その後日本は、バブル経済崩壊後の長引く不況に沈み、IT戦略の発展、女性の社会進出と活躍、少子高齢化と社会保障の増大、大災害、周辺を取り巻く世界情勢の激変をへて今日を迎えることになりました。日本は、良くも悪くも成熟期を迎えつつある国家として変遷してきたに違いありません。

春秋が過ぎて45年。

山糖会黎明期の精神は受け継がれ、今も皆さんの中に息づいています。諸事において、私どもは築きあげてきたことを検証し熟成させながら後進を育成し、時代の潮流を読み解きながら前を向いて歩んでいかねばなりません。健康で明るい未来のために。

88号

AI(artificial intelligence;人工知能)

202X年のある日ある医院で

糖尿病患者のFさんが来院、診療歴が記録されたスマートフォンを窓口の端末にかざし、AIのテレビ画面となにやらやりとり。

AI“こんにちは、お変わりありませんか?”

Fさん“別にないですよ。もう歳だし、たまにはお饅頭でも味わいたいなあ”

AIはFさんの体温、呼吸回数、顔色、声の調子から体調はすぐれているが、顔の輪郭から体重が1kg増加と判断。自動血糖測定で得られた結果を画面に示して、

AI“間食は許可できません。指示された1日1400カロリーの食事内容を厳格に守ってください”

さらに

AI“3ヶ月以内に2kg減量して下さい。達成できない場合、203X年までに網膜症を合併する確率が90%以上となります”と説明。

Fさん“・・・”印字された検査結果と指導内容を受け取って医院をあとにするFさん。

AI“お大事に“

なんて光景が、さほど遠くない未来の日常診療となるのでしょうか。

AIは従来のロボットと違い、自ら考える力が備わっています。その発展は目を見張る勢いで、AIが囲碁の世界的名人を破った話題は記憶に新しいですね。すでに先進国では車の自動運転や、介護ロボットなど日常生活の支援に活用されつつあります。 医療の分野では、消化管の画像診断を補助するシステムが早晩実用化され、医師の経験と知識だけで癌を診断する時代は過ぎ去るでしょう。また遠隔操作が可能なAIロボット用いて、医療過疎地でも高度な手術が完結できるに違いありません。

怖い話をちょっと。往年のSF映画”2001年宇宙の旅”で、コンピューターHAL9000が宇宙船の乗組員を殺害したり、アーノルドシュワルツネッガー主演の”ターミネーター”では、近未来の地球でAIロボットと人類が壮絶な闘いを展開するストーリー。AIの進化が暴走すると、これらは絵空事ではないかもしれませんね。

人の手間をかけずに生活をもっと便利にするであろうAI。その全盛時代が訪れても、人々の心の温もりが通じあう豊かな生活が損なわれてはなりません。人々がふれあう機会が必要・・・だから山糖会は不滅です、たぶん。

202X年5月、療養指導の会でお会いしましょう、みなさん!

87号

近頃,日本各地で豪雨による水害が報道されています.山科では2013年9月,台風18号の大雨で御陵駅が冠水し,交通機関がマヒしたことは記憶に新しいですね.奇怪な動きをとる台風,聞きなれない線状降水帯という気象現象,地球規模では温暖化など様々な要因はあるにせよ,地球全体が深刻な病を患っているような気がしてなりません.

地震,火山噴火も然り,突然やってくる災害はのどかな日常生活を一変させます.過剰な自然現象の前に,人は誠に小さく,無力で呆然と立ち尽くすだけ・・・でしょうか?

先人は様々な災害を経験し,それを後世に伝えることを惜しみませんでした.

和歌山県有田に伝わる江戸時代の“稲むらの火”の物語は,今も防災教材として高く評価されています.

―村の高台に住む五兵衛は,地震の揺れを感じたあと,海水が沖合へ退いていくのを見て津波の来襲を予見した.祭りの準備に心奪われている村人たちに危険を知らせるため,五兵衛は自分の田にある稲の束(稲むら)に火をつけた.火事と判断した村人が,消火のために高台に集まった直後,津波が村の平地を襲った.五兵衛の機転と犠牲的精神によって村人たちはみな津波から守られた-

人は英知でもって災害に立ち向かう術を持ち,被害を最小限にする努力を怠っていません.幾多の経験の蓄積が,現代の情報収集分析のテクノロジーに溶け込んだ結果,防災の指針が策定され,避難誘導や防災システムのハード面を充実しつつあります.

自然は豊かで美しく,人々の心を和ませてくれますが,ひとたび牙をむけば,その恐ろしさを目の当たりにするでしょう.自然を敬う心とともに,災害に対する備えが大切であることは言うまでもありません.みなさんは備えていますか.

86号

鉄道社会の曙.文明開化の汽笛が明治の世を躍動させました.近代国家形成を急ぐ明治政府が,菌糸を伸ばすように鉄道網の拡張を進めていく中,京滋においては,京都駅を稲荷方面に南下した線路が,現在の名神高速道路のルートを辿って山科から大津に達し,湖上を太古汽船で長浜以東に連絡しました.今もJR稲荷駅のランプ小屋や長浜の旧駅舎に,往時の微かな残光をうかがうことができます.東京遷都(行幸)後に一時衰退した京都の街は,蹴上に設けた発電所による日本初の電気鉄道(路面電車)敷設が殖産興業を支え,古都の賑わいを復活する契機を得ました.時は下り,戦後高度経済成長の旗手として,すし詰めの通勤電車が都会を縦横にめぐり,寝台特急が昼夜問わずビジネスマンを西へ東へと運びました.モータリゼーションが台頭した現代においても,高速鉄道(新幹線)を中心とする鉄道路線は,日本の大動脈を支える地位として不動ですが,先日来耳にする“我田引鉄”の言葉が示すように,鉄道招致が政財界の駆け引きの象徴にもなっているようでもあります.見方を変えれば,国策としての鉄道の普及は,多発する高齢者ドライバーの事故や排ガス対策などに鑑みると,安全で環境に優しい移動手段として今後も期待できるかもしれません.京都においては,往年の路面電車復活となれば,きっと年配の方々も郷愁と高揚感に満たされるでしょう.次世代型路面電車(LRT)が今出川通を走る構想もあったといいます.ともかくも心地よいリズム揺られ,風景という絵画が映しこまれた車窓を楽しみ,土地それぞれの風土を味わいながら鉄道の旅をしたいですね.トワイライトエクスプレス瑞風でなくてもいいじゃないですか.もっと鉄道の事を知りましょう.京都鉄道博物館でお会いしましょう.

85号

越前の平野を豊かな水量でゆったり流れる九頭竜川.その左岸に沿って進むと,森深い丘陵の奥に曹洞宗の本山永平寺が鎮まっています.開祖道元禅師は,座禅をはじめとするすべての行いが修行であると説きました.なるほど清らかな雲水の精錬された作務は,教えを今に伝えているかのようでもあります.師の言葉に“人生に定年はなく,老後も余生もなく死を迎える一瞬まで人生現役である”と.さらに“長生きすることが幸せではなく,短命が不幸ではない.いかに生きるか”とあります.道元禅師が超高齢化社会を迎える我が国の展望を予見したかどうかは別にして,古今東西の心に届く名言でありましょう.魅力ある高齢者は,後進に道を譲った後も温かく世間を見守り続け,時に支えになろうとし,先を望まず今日を正しく生きようとします.皴に刻まれた豊富な経験に基づく深い思慮が,現役世代への光明となるに違いありません.これこそ老いてなお尊く美しく生きる糧でしょう.そこには言うまでもなく,健康寿命の延伸を目指した尊厳ある医療が求められるべきです.厳格な健康管理にこだわらず,個々に応じた安全で無理のない療養を心がける姿勢が望まれます. 新たに設けられた高齢者糖尿病の血糖コントロール目標は,この点を踏まえた柔軟な指標が示されたのではないでしょうか.

84号

諸悪莫作 衆善奉行(しょあくまくさ しゅぜんぶぎょう)

これは京田辺市の丘陵に佇む酬恩寺(通称一休寺)参道脇の石碑に刻まれ,紫野大徳寺の塔頭のひとつ真珠庵本堂の軸に墨蹟であらわされた漢語です.中国唐代の禅に関わる問答が由来で,室町時代の皇統でありアニメの世界で馴染み深い一休宗純が好んだ言葉だったようです.意味は“悪いことはするな 良いことをせよ”ただそれだけです.誰でも邪悪な気分と正しくありたい道徳心を持ち併せているでしょう.絶えることのない芸能界,政界のスキャンダル,きな臭い争いや権益を守るための秩序破壊などが世間を覆う一方,おもてなしの精神や震災ボランティア活動には心穏やかな空気が満ちているようでもあります.常日頃,人は善悪を隔てる塀の上を歩いているのではないでしょうか.今日の善人が明日は悪人になるかもしれないと怯えるとき,この言葉は,現代の私どもの心に光明をさし,あるべき姿を力強く喚起するのかもしれません.さてみなさん,悪いと心得ながらも間食の取り過ぎや美酒美食の習慣,怠惰な生活に浸っていませんか.正しい食事療法と適度な運動で善き日常をすごしましょう.諸悪莫作 衆善奉行

83号

この夏の京都は恐ろしいほどの猛暑に見舞われ,つい先日まで熱中症注意が連呼されていました.おそらく皆さんは外出を控えて運動不足に陥ったのではないでしょうか.本格的な秋の気配を感じる今,そろそろ美味しい空気を胸いっぱい吸いに外出してみましょう.幸いなことに私たちの山科は,都市近郊ながら豊かな山水や風光に恵まれた街として,安らぎと憩いのスポットが点在しています.美麗な野鳥カワセミが飛び交い,鮎が遡上する山科川のせせらぎ,青空に映える音羽山や稲荷山を仰ぐ景色,悠久の歴史を物語る毘沙門堂,醍醐寺や勧修寺の佇まい.ここで詳しくとりあげるには紙面がたりません.体力に自信のある方なら山野に分け入って下さい.きっと爽やかな森林浴を楽しむこともできるでしょう.このような散策は,糖尿病の立派な運動療法となります.インスリンの感受性をあげて血糖値を下げる運動療法は,血行を良くし,筋力アップやリラックス効果も期待できます.ただし体重の減量を求めてはいけません.100kcalを消費するにはゆっくり歩いて30分間2kmほど,おなかの脂肪1kgを運動で燃焼するには,およそ京都から名古屋まで歩行を要します.現実的ではないですね.やはり基本は食事療法です.

さあ明るく爽やかな秋の山科が皆さんを待っています.出かけてみましょう.

82号

みなさん健康寿命という言葉をご存じですか.健康上の理由で日常生活が制限されず,家族などの手を借りることなく暮らせる年数のことです.2014年版の厚生労働白書によると, 2010年の時点で,日本における平均寿命は男性79.55歳,女性86.30歳と世界最高水準ですが,健康寿命は男性70.42歳,女性73.52歳で,平均寿命と比べて10年前後短くなっています.健康寿命を延ばして明るく暮らせる長寿は,誰もが願うことですね.そのためには日頃から糖尿病をはじめとする生活習慣病を是正し,合併症による活動制限を予防することがとても大切です.運動療法のひとつ“歩行”は,脳を活性化して認知症を予防する効果が期待されています.街中が観光地のような京都に住む恩恵を活かし,あちらこちらを散策しましょう.

さて今回の療養指導の会は西陣散歩をテーマとしました.ご存じのように応仁の乱で西軍の山名宗全が陣を張ったことが地名の由来ですが,幾多の戦禍や災害によって町並みは面変わりし,

今は千本釈迦堂の本堂に残る刀傷に,往時の夢のかけらをしのぶほかありません.

晩春の休日,時の流れの痕跡を風の薫りに求めながら散策し,静かな家並みの一角にある老舗“萬重”で京料理を楽しみましょう.みなさんの参加をお待ちしています.

81号

豪雨に猛暑.近頃の尋常ならぬ気象は,日常生活に少なからず影響を及ぼすどころか,時には生命の脅威にさえなっています.宅地開発,森林伐採,大気海洋汚染そして地球温暖化・・・自然への畏れを忘れかけた人類への警鐘なのでしょう. 人が小さく感じられます.

むろん日頃からの備えや,状況に応じて適切に対処することが求められます.皆さんは万全でしょうか.

さて秋の療養指導の会の講演テーマある運動療法は,食事療法,薬物療法とともに糖尿病医療の中核であることは,言うまでもありません.適度な運動は,糖代謝を改善しつつ心肺機能を向上し,筋萎縮を抑えて転倒骨折を未然に防ぐ効果が期待できます.いざ災害が発生した際に,自力で避難するための鍛錬に繋がるでしょう.さらに歩行では認知症予防の可能性も謳われています. しかしどの方法でどの程度の運動をすればよいか,戸惑うことがしばしばで,せっかく意気込んで取り組んでも長続きしません. “身体をうごかしていますか?”との問いかけに自信をもって“はい“と応じる方は,そう多くはないと思います.そこで今一度運動療法に注目し,有効で無理のない手技を学び,日常生活での運動を実践しようではありませんか.さあ秋の空気を大きく吸って,笑顔で身体を動かしましょう.

80号

疎水の川面を薄紅に染めた桜が散り急ぎ,新緑と青空が爽やかな色彩を競い合う時候となりました.皆様はいかがお過ごしでしょうか.

景気浮上の足かせが懸念される消費税引き上げ,近隣諸国とのあつれきや混沌とする世界情勢,昏迷する原発再稼働問題など,平穏な日々を揺さぶる現実があります.

我が国で増加の一途をたどる糖尿病も,日常生活を脅かす諸悪のタネなのでしょうか.見方によってはそうではありません.過食,運動不足がもたらす様々な弊害を,糖尿病という表現形で警鐘されているのではないか.病気という枠組みを越えて,“現代人の生活”を考えなおす良い契機ではないか.そう捉えてみたいものです.

広い視点で糖尿病と向き合うには,個々の医療機関だけではなく,医師会や地域が連関しあう環境が望まれます.その中で患者さんが病態の理解を深めて自己管理し,日常生活を見つめ直しながら前へ向かう姿勢が肝要です.このことは発足以来受け継がれてきた山糖会(山科糖尿病友の会)の精神であり,これからも皆様が主体となって,本会の発展に寄与して頂くことを切に願います.

さて今回の療養指導の会は,上古から交通の要衝を結ぶ西近江路を鉄道でたどり,桜の海津大崎で名高いマキノ町を訪れます.竹生島が霞む奥琵琶湖畔のレストランで,素敵なお食事を楽しみましょう.心身が癒やされる陽の光や風に出会いたいですね.